点滴の落ちる音、電子音とが木霊する。
アルコールの匂いはそれ程はせず、貴子は小さく息を吸っては僅かに首を動かした。
看護士の沢谷がニコリとしながら、静かに言った。
「貴子さん。お目覚めになりましたか?」
「こ・・・此処。個・・室なん・・・て。私・・」
貴子は無理矢理起き上がろうとするが、沢谷は貴子の肩を抑えつつ首を振る。
「貴子さん。ご無理は禁物ですよ」
「私はお店もありますし、留守の店に何か」
一度に話そうとするのだが、貴子はゼェゼェと息を切らしては顔をしかめた。
「無茶をしやがんのは、牧野の家系っつうもんだな」
無表情のまま、静かに入ってきたのは貴子を発見して病院に搬送した超本人である。
高級なスーツをサラリと着こなし、モデルの如く姿形は一度見れば女性は虜になる・・程の究極の美形。
「あんた・・・に、運ばれる・・・とは・・ね」
「もう少し遅ければ、あの世行きだったそうだ」
「ふ・・・そう・・・なんです・・ね」
「吉松は店が有るから、戻っている。息子も店に行ったらしいな」
『私も情けを掛けられてしまうとは、時代は変わったもんだわ』
自嘲気味に貴子は天井を振り返った。
「牧野なら仕事に戻ってると、報告は受けているが」
司はタブレットを片手に、煙をゆっくりと吐き出した。
「これは失礼をした。患者・・・」
「気にしないで下さいよ。寧ろ私は、飲み屋の女将をしていた女。その匂いの方が安心しますから」
司は苦笑いをしながら、窓の外に向かう。
窓を開けるなり、海特有の潮風が貴子の顔を優しく包む。
「今、総二郎の女が到着すると。メールが来た」
「あ、優紀ちゃんね。つくしは今は仕事に、集中しといて欲しいんですよ」
司は一服を済ませると、貴子のベッドを少し斜め上にした。
「大企業の総帥様から、私の様な貧民を労り下さるなんざ。地獄にも、仏ですかねえ」
喰えない顔で、笑う貴子。
「地獄の更に、六道輪廻をたらい回しっつう奴だろな。オレの様なろくでなしは特に」
ガラリと、特別室のドアが開く。
唐草模様の小袖に頭巾を被った優紀と、第2秘書の迫田が並んでやって来た。
「貴子おば様。ご機嫌ようあらしゃいます」
「優紀ちゃん、虫酸の走る京言葉は止めとくれ。私は京都の女性は、どうにも虫が好かんよ」
口元を手拭いで隠しつつも、優紀の落ち着いた風貌に貴子は目尻を下げた。
「堪忍して下さいね。向こうに嫁ぐと、もう標準語を忘れてしもて」
「長いんですか?京都に住まわれて」
迫田が何気に、優紀へ言葉を投げ掛けた。
「そうですねえ、もう大学から向こうおったし。何だかんだで10年になりますね」
大学卒業と同時に結婚する頃には、長男を宿していたのだ。
「優紀ちゃん、貴女は僧籍をお持ちなのを見越して頼みがあります」
貴子は優紀の手に掛けられている、数珠玉に弱々しく握ろうと身体を起こすが。
優紀の方から詰め寄り、貴子の身体をベッドに押しやった。
「意識戻らはったばかりですから。つくしも心配してはりました」
貴子の瞳からは、一筋の涙が静かにベッドの布団に沁みている。
「私は次に此の状態ならば、棺桶の中でしょう」
貴子は再度自嘲気味に、司の顔を振り返る。
「楓さんと、やりあった時が懐かしいわ」
貴子の視界からは、かつて『鉄の女』と呼ばれた往年の女性との出来事を振り返るのだった。

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